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みんなで盛り上がりを共有する楽しさパブリックビューイング

テレビ番組は家族や親戚、友人で揃って観たくなりますよね。

その中でバラエティーは画面に向かって誰かが「そんなことはないだろ」とツッコミを発してしまいがちです。ヤラセが一切ないスポーツは真剣なプレーの行方に手に汗を握ってしまいます。見ず知らずの他人とも一緒に共有できるパブリックビューイングはいつ・どこから始まり、どのように普及したのでしょうか。私の体験も交えてお話しします。

日本での始まりは街頭テレビから。

第二次世界大戦直後のテレビジョン受信機は当時の会社員の数年の年収分の高額商品で一般家庭にあるものではなかったです。当時の日本テレビ社長の正力松太郎がテレビ普及とスポンサー獲得のために繁華街や主要鉄道の駅、百貨店や公園など人が集まる場所に設置しました。人気番組は大相撲、プロレスやボクシングなどスポーツ中継でした。私は母から力道山の空手チョップに狂喜乱舞した話を聞いたと憶えています。

日本で初めてパブリックビューイングという言葉が使われたのはサッカーW杯。

私がパブリックビューイングという聞き慣れない言葉を知るようになったのは2002年日韓共催のサッカーW杯でした。

日本代表戦のチケットが取れず、国内でも会場へ行けないサポーターが国立代々木競技場の大型スクリーンを観に集いました。渋谷のスクランブル交差点で観戦をすませた日本サポーターたちがハイタッチしながら行き交うという現象が起きたのはそのころがきっかけでした。私は山手線で日本代表のユニフォームを着た人たちと乗り合わせ、仕事を休んで行きたくてうらやましかった憶えがあります。

観戦スタイルは自由。素晴らしいプレーには惜しみない拍手を。

サッカーやバレーボールの応援のように終始、ニッポンチャチャチャというコールと手拍子3回を繰り返すのは義務感があって辛いというイメージはないでしょうか。観戦スタイルはリビングや食卓に集まって飲食やくつろぎながら、予算に余裕があればスポーツバーを利用するなどそれぞれの自由だと思います。画面がある空間と時間をみんなで共有するのがパブリックビューイングの醍醐味となり、素晴らしいプレーには惜しみない拍手を送る程度でいいです。

予想外に順位が変動したり、勝敗が決まったりするシーンでは思わず悲鳴に近い声を発してしまうかもしれません。そうすることでお目当ての選手・チーム、対戦相手の勝敗や成績は関係なくなるのです。勝ち試合なら狂喜乱舞して気分がよく、負け試合なら「惜しかったね」と選手や一緒に応援に集まった人たちを労います。スポーツバーへ行くのが私の密かな目標そして願いであり、勝ち試合なら最高の形で目標を達成してリピートするでしょう。

私の経験はフォーミュラーEという電気自動車によるレースを観戦し、入場無料でサンドイッチとコーヒーかスープがもらえてお得感満載になりました。前日にSNSで知り、入手した情報だから無視できなくて公共交通機関が動く朝5時台に家を出たのです。サンドイッチをもらうのに1月の寒い朝、2時間前から並ぶのは辛かったと記憶しています。10時になって自動ドアが手動で開けられて最前列にあるベンチを確保し、サンドイッチとコーヒーをもらう目標達成に満足したのでした。

有料チャンネルで深夜に放送されたものを録画して大画面で再生するだけではなく、テスト走行とリザーブ(控え選手)として契約しているプロレーシングドライバーによる生解説が聞けて車は燃料で走るものだという固定観念がなくなりました。印象深いのはバッテリーが高温になると保護のためにシャットダウンされ、再起動によって走ることは可能だと知ったのです。それからフォーミュラーEの今後をネットニュースから日々収集するようになりました。

最近のプロスポーツは地上波で放送されず、有料チャンネルでなければ視聴できないものがほとんどです。Jリーグやプロ野球もそうでチケットが取れないなどの理由で現地へ観戦に行けないなら試してみる価値は大いにあります。プロ選手としての経験があるコーチか評論家による生解説が聞けるなら行ってみたいです。